ぷつぷつ

ウイングフィールド代表福本年雄のつぶやきを不定期にて掲載いたします。
ご感想などメールinfo@wing-f.co.jpでいただけると幸いです。

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 4月18日晴。昨夜から眠れぬままに仙台のアルクト(Art Revival Connection TOHOKU http://arct.jp)さんから依頼された原稿を何とか書きあげる。人智など無力化する自然の猛威の跡とそこに咲き誇っていた桜、青い空そして凪ぎの海の、余りに対称的だった光景は太古、自然に〈神〉を感じた人々ことを思い起こす。そしてそんな禁断の風景を見てしまった私の罪深さを今更ながら思い拙文を綴っていた。

 何とか書きあげたので、橋本匡君のヴェトナム土産のコーヒーを飲む。ちょっとチョコレート風味だが私にはおいしい。ありがとう。匡君。

 被災地の桜のことを書いたので、窓の外をながめるとご近所の桜が咲いている。今年も不順な天候で雨も多いがけっこう桜の花は残って咲いている。桜といえば前にも書いたけれど、紀友則が「ひさかたの光のどけき春の日にしづ心なく花のちるらむ。」と詠んでいて、この歌の穏やかさとはかなさが齢のせいか愛しく感じるきょうこのごろ。光のどけき今朝だからご近所桜を見にお散歩してみた。洗顔してもヒゲは剃らず、寝間着にしているボロトレーナーにGパンで朝からブラつく私は怪しい?それでも散る桜、残る桜も散る桜などとデカダンを気取って自らの残り幾年かの人生と桜を重ね合わせる今年の花見。

 時の流れを桜に見るけれど私だって当然消えるということを今更ながら覚えます。覚えておかないと人は限り無き欲望の亡者と化して醜さを露呈し「俺が、私が」と自己主張のみに生きるのです。それは少しでも止めたい。
         ***
時ってねカンカン。
そう、時って何も変えるわけではないの。
時って不思議なものよ。忙しくしていると何でもなくて気づかない。
でもふいにそればかり気になるの。
時は私達の周りを中を流れている。
人の顔の中で音もなく流れている。
鏡の中で流れている。私のこめかみでも流れている。
そして私とあなたの間でも。
時はやっぱり流れているの砂時計のように音もなく……。
               R・シュトラウス楽劇『ばらの騎士』第1幕
                    元帥夫人の独白より(田辺秀樹/訳)
         ***
では、また!
                               2012年4月18日
                      

 2012年がスタートしました。今年が皆様にとって生き甲斐を感じられる時の流れでありますようにお祈り致します。

 私は例年どおり年末年始は「帰省」してビルとウイングフィールドを巡回したり、頂いた賀状を読ませていただきました。
 ですから私の「正月休み」は先週1月18日から22日まで陋屋(ろうおく)でDVD、CDを楽しみ、文楽を観に行き、大好きな筍の煮物を作ったりと殆ど遊んでいました。こういう私だけの時を気ままに楽しめるのは幸福で有り難いことです。

 昨22日には久々に自宅から円山町、垂水町を経て豊津まで散歩しました。阪急千里線をはさんで西側にあるこれらの地域は「何々様邸宅」と呼べそうなかなり広く立派なお家が多いのです。ある地元の人が「千里山西の人は東の人と付き合うと貧乏が発病する」と言われている旨を教えてくれました。いや、東だって陋屋は私の家くらいで他はそれぞれ良さそうなお家に見えます。

 どこに居てもこういう格差にまつわる軽口、陰口はあるものですね。他人と自分を比べて云々するのは浮世の習いのひとつです。きのうの私はお散歩出来る気持ちと時間のゆとり、そして冬の高く晴れた空を感じながら、ふと陰口のことを思ったりしました。けれどこのごろとみにお掃除が邪魔臭い私は邸宅向きではありまへん。

 そして今夜1月23日夜10時過ぎ、自室で腹ばいになり、ジェイムズ・レヴァイン指揮シカゴ交響楽団によるグスタフ・マーラーの第7交響曲の明るく軽い演奏をBGMにしてこんな事を書いています。これまた有り難いことです。
 
 時折尾崎放哉の「咳をしても一人 」な私生活に孤独、淋しさを覚えることがあります。そういう時は仕事の疲れがたまって夜遅く寒々しくムサ苦しい陋屋にヘタリ込んだ時です。「俺も来年で60歳。本当に自分にとって意味のある生き方をこれ迄して来たか?今は?あしたは?」などと考え出すのです。死というエンドタイトルがいつかは私にも出る事への「待った」をかけながらも疲れた心身が甘く切なくそして苦々しくある種の酔いを私にもたらします。それも私です。けれど今こうして自分の気持ちをぷつぷつ書いているのも私です。こうした時の流れの上で浮きつ沈みつ漂いつしているのが私なのですね。

 そう言えば自分という不条理な存在に、思い切り巨大な馬鹿笑いをしたり皮肉ったり照れたり澄ましたりして見せた挙句、その傷口に金粉をまぶしているようなマーラーの第7交響曲を聴くともなしに流しているので、私の孤独も自尊心も幸福も外に流れ出して私の周りをグルグル、フワフワ飛びまわりながら再びあらゆる毛穴から流れ込んで来ます。生きているということは私の全てがその時々に交響することだと教えてくれた。私とは誰か。私の喜怒哀楽に過ぎないのだと。
 
 今年も私が感じる様々な思いを私が味わい同時に他人様にも何かを発信させてゆくことでしょう。心地良さよりは慇懃さ、または下卑た雑音かも知れませんがよろしければお付き合い下さい。ではまた。
                               2012年1月23日


 季節は巡って十五夜。中秋とはいえ残暑厳しい折皆様どうぞ御身御大切になさって下さい。

 ウイングフィールドはお陰様で各劇団の皆さんが思い切りよくこの狭い箱を使い込んで良い作品を創っていただいております。ただ先日の劇団・太陽族さん、ともにょ企画さんの折にはゲリラ豪雨の侵入で雨漏りしてしまい、劇団、お客様にご迷惑をおかけ致しました。深くお詫び申し上げます。目下鋭意点検修理にかかっております。

 拠点が無い大阪の小屋事情ですが、今ある京阪神の各空間では多様な個性を競う公演が続き私としてもうれしい限りです。拠点は無くても今ある空間を用いて創作され観劇されるそういう日常性こそ大切だと私は思っています。タコ焼き、ラーメン、映画、ファッション……。大阪に在る業種のひとつとして街に小屋があってそこで演劇公演が上演されていることこそささやかかも知れないけれども大切だと思うのです。
 
 昨年亡くなったエリック・ロメール監督の「木と市長と文化会館」という映画があります。フランスの農業地帯の小都市の市長が再選を目指す中で国家予算を持って大都市からも集客できる立派な文化会館を計画し推進するのですが、その後国の都合で予算が出なくなり、会館建設に反対していた教師が主張していた古い倉庫などが文化会館がわりになりむしろ小都市らしいところに落ちつくというのがあらあらなお話。

 大阪は大都市ですが今の政治、経済状況では現代演劇主体の公設拠点劇場が実現するのは易くはない気がします。

 だからウイングフィールドも含め京阪神の今ある様な空間を用いた良い作品が創られ続けていること、その舞台作品のもたらす感性への刺激、やすらぎの意義をアピールし続けることが基本だと強く思います。やがておカミにも公設拠点が要ることを改めて感じさせる為にも!

 大阪は理屈よりやったモン勝ちの風土だと私は思っています。大阪人として言葉以上に行動すること、現場を持つ者として微力でも支え続けお客様、演劇関係者そしてご近所とやれる範囲でコミュニケーションをとり街にフツーにある業種としての芝居小屋を続けられたらそれで良いのです。

 舞台芸術は特別なものですが、特殊なものではありません。衣食住同様街の風景で「ちょっとだけケッタイ」位が良いとこのごろ思えるようになりました。

 「志が低い」と叱られるかも知れませんが、静かにここにあることだと念じつつ表現者に良い時間を創ってもらえ、お客様には良い時間を過ごせたと感じていただければと願っています。
 ではまた。
                          2011年9月11日

 今年も大阪はむしあつい季節に入りました。3・11の大震災の被災地も梅雨入りしました。今も多くの方々が生活に不自由を強いられていることを思い心よりお見舞い申し上げます。
 東北の友人達に時々電話をしていますが、皆一様に「私の心は本当は折れそうなんだけれど、とにかく何かやるしかない演劇状況を立て直すことだ。」と異口同音に言っています。本音だろうと思います。あの凄まじい自然の破壊力から生き残った人達にとって、それ迄の日常が消えてしまった。あの日から後、彼等、彼女等が自分のやってきたこと、やれることを通じて厳しすぎる状況に立ち向かい心をつくし言葉をつくし生き抜く証しを創り出そうとしているのだと思います。自らのため、他者のために。その努力に敬意を表し私も微力ながら応援していこうと思います。7月末にまた仙台、いわき方面に出向いて演劇人と逢い、継続してお役に立てることをたずねるつもりでいます。
 7月中旬には今秋来阪して公演する仙台の演劇人とこちらから仙台へ出向く演劇人との合同記者会見を予定していますし、交流会もしようと思っています。ただ、私はこれらを進める中で大阪の騒々しさと被災地の状況との大きな差異が彼らの中に与える影響を想います。これは現実なのでどうしようもないのですが……。
 また、来阪して公演するその行ないがある種のヒロイズムとして扱われないことを祈ります。御幣を恐れずに言うなら、彼等はヒーローではなくサバイバーなのだと思います。余震、原発はじめ様々な困難の中で生き抜いている人達に対して私たちが敬意と良い意味で大阪の人のあっさりした気持ちでお迎え出来ればと願うものです。
                                   2011年6月29日

 立夏。3月11日の東日本大震災は、あの日だけではなく今も被災された方々に深刻な影響をおよぼし続けています。

 先月末に私も仙台、いわき在住の演劇人のお見舞い、そしてこちらから何かお手伝いできることがあるかを伺いに行きました。
 その折にいただいたご要望や私なりに気づいたことを微力ながら行動にうつし、「いちどにひとつずつ」息切れせず続けたいと思っています。また、あちらへ行くことも頭にはあります。−お邪魔しないように!−

 私たちがあちらの演劇人を支えようとする時、こちらの思いだけで走らず、あくまで相手の気持ちを第一に動きたいものです。自戒を込めていうのですが、あくまで他者の能力に信を置き、対等にそして想像力を働かせ、今は疲れている人と交わることです。

 自分と向き合うことはもとより易しくないことですが、他者と一人の人と向き合い今何が大切なのかを探り、話し、相手を受け容れることは甘くないです。
 相手を見て、そして臨機応変に交わることすこしずつ。本当にそうありたいものです。

 亡くなられた方達のご冥福をお祈りし、今も不自由な日常を強いられている方々に一日も早いひと息つける状況をと祈って止みません。
                          2011年5月14日

 先日、今年は生活にメリハリをつけるなんて格好良い言葉を吐いていました。現実は毎日ダラダラ働いていました。お陰で心身ともにかなり疲れてドクターストップのおマケがつきました。

 いつ迄も若くはない。心身ともにそのことを実感しながら「なるようになる」と唱えてその日暮らしです。

 もう大きな夢や希望はなくゆっくりと数日間浮き世離れして、あく迄自己満足できる料理、好きなCD、DVDが楽しめたらそれで良し。ちいさな望みを抱くオヤジです。

 先日、尊敬する劇作家のひとりTさんから電話をいただき大阪の演劇環境、女性の色香−エロではない−果ては「夢を抱きすぎない」生き方など他愛ない話しをしました。その折にTさんは、ひとつの作品を創り稽古し上演して「ああ楽しかった」と思えたらそれが全てと言っておられました。お金でもなく、名声でもなく、お客様に楽しんでいただきそして出演者が等しく「楽しかった」と言えることはTさんが皆に分け与え得る全てだと。

 しょせん「内幕」の喜びですが、しんどいことも少なくない芝居創りのプロセスを経て小屋がけし、そして演った後の充実感、これが甲斐あるのだと思います。私も小屋者として、入って来られる劇団さんが「やって良かった」と言って千穐楽を終えて退出された後で、ウチのスタッフに「ご苦労様。演ってもらってよかったね」と声をかけた時はヤレヤレ感とその日の満足にホッと一息つきます。

 Tさんはもう40年ばかり野外中心で公演され、良い舞台を沢山創って来られた人ですし、WFでも気が向いたらWFの大切な1ページを刻んだ作品を何回も上演して下さってます。−と言えば誰だかお判りですね。−
 突然私の自宅や携帯に電話してきてその折々の芝居を巡る話題、世相、その根元にある生きるという行ない迄話し合える時間は私には嬉しい時間です。もうひとりの友人Kさんと並んでそれぞれ生き方も感じ方も違いますが、しみじみ話せる同世代の良き友人です。

 Tさんとは私がお酒を飲んでいた頃、
「天王寺さんの亀の池の淵に2人で腰掛けて
西方浄土へ沈む夕陽を眺めて飲み交わし引導鐘を聞きながら
『夕陽丘でんな』
『亀がおりまんな』
『引導鐘ゴーンでんな』
などと言いつつおダブツ出来たらよろしいなあ」
と話したことをよく覚えています。

 安心安全を、また充実して変わらない生活を、仕事を望みながら、そうはならないのが浮世の習い。せめて良き友とのその折々の交わりは浮き世をしのぐ妙薬かも知れません。

 Tさん、そしてKさんのことを想いつつ「世は定めなきこそいみじけれ」では、また。
                                   2011年2月27日


 新しい年が始まりました。寒さもいよいよ本番です。先ずは互い御自愛第一で参りたいものです。

 まだ10日余りしか過ぎていない2011年ですが、今年の私の目標は公私のメリハリをつけること。私の年末年始は、よく遊びよく遊びよく遣い、少しずつ仕事をしています。年末はキタナーイ私室を少し清めおいしいゴチソウを手作りし−といってもおでん、湯豆腐、ステーキにすき焼きがおせち代わりでは煮たり焼いたり燗要らずですし、あとはコーンフレイク定食。

 DVDで映画、音楽を楽しみ、CDプレーヤーだラジカセだ、正月バーゲンでコートだと散財し、映画館で『ロビン・フッド』(リドリー・スコット監督)、『幸せの雨傘』(フランソワ・オゾン監督−お薦め)を観て好き放題です。このあと我が家の地デジ化と32型TVを買って…。シコシコ貯金した定期を使ってモノを増やし囲まれ利用して悦に入る私です。

 こんな具合にオフは好きなことを出来る限り楽しむことにしました。これ迄の私は先憂後楽で努めてきましたが、年齢的に先も見えつつあり、先憂ばかりでちっとも後楽が来ないパターンに疲れた訳です。夢はあっても実のない身につかない目標、スローガンはシンドイ。仕事第一で他者のために努める気持ちでは「私」が無くなるのが当然。その当然は元来の私という怠け者をおさえている訳ですから身にこたえます。マゾな喜びでは本当に「他者のため」にはならない。偽アトラスは止めます。

 そんな当たり前なことに気づいたのは新しい主治医との対話です。
「互いに無理な仕事を背負うのを少し止めて『NO』や『待った』を口にし実行しましょうよ。あなたも私もどうやら多忙さの原因を引き受けがちですね。」
と先日来診察で話してもらっています。実際のこのK先生も小杉院長の急逝された直後から小杉先生の患者が数多く集中したこともあり、またK先生の私との対し方として医師と患者という上下関係になりやすいバランスを崩して接しておられるので謙虚な振りして誇り高い私は大いにくすぐられ素直になれる訳です。「先生も忙しい訳だし、私の事を気遣ってくれたはる。」という気持ちです。

 今年は好きなことをやります。
 小屋で皆様とお会いするのは嬉しいですし、今年は様々なライヴとしての演劇をウチを選んで上演して下さる、表現者、観に来ていただくお客様に良い時間を過ごしていただけるようお迎えしたいと思っております。そのためにも?よく遊びます。
 ではお風邪など召しませんように。また。
                                    2011年1月11日

 11月も下旬になりました。もうすぐ12月、今年も忘年会、お歳暮、クリスマス、歳末セール-年中バーゲンやってますけど-、年賀状の準備…と師走の行事で忙しくなる時です。いつも申してますが御身御大切に。

 さて、今年も「むりやり堺筋線演劇祭」を無事に終えることができました。ご参加いただいたお客様、劇団の皆様、関係各位に心から御礼申し上げます。来年も第3回目に挑みます。京阪神の演劇状況を沈滞させない動きのひとつとして色々試みようと思っております。どうぞ宜しくお願い致します。

 先日約2週間ぶりに休みをとりました。わがボロ家の2階から関大構内をながめ、少しずつ紅葉してゆく樹々そして常緑樹の緑、青い空に白い雲。初冬風景をぼんやりながめ、ヴィヴァルディのフルート協奏曲集をBGMにコーヒー&シガレッツで目ざめの儀式。仕事に行く日は「SHOW TIME」と独り言して心身のウォームアップですが休日はそんな気もなくだらだらします。
 夕方千里山のピーコックまで買い物の帰りの道すがら上の川という小川に目をやると底の藻の深緑を背景に浮かぶ紅や黄の落葉がとてもきれいでした。ここにもちいさな「初冬」があってそれをながめる私が居ます。平穏。

 しかし私を風流な気持ちにしてくれる落葉、こうして距離を置いてながめるとワンダフルですが、雨あがりの玄関先に落ちたりしているとやっかいなヌレオチバ。
 私も含め世のオヤジ達は職場でそれなりの成果を挙げていても近くで疲れた顔してボヤいていると「ヌレオチバ」になってしまう。

 こんな矛盾を紅葉に見ながらきょうも私は”SHOW TIME”。行ってきまーす。
                                       2010年11月22日

 酷暑もようやく過ぎゆき、そこここに秋。涼風、虫の音、秋の月。
 皆様にはくれぐれも夏の疲れが出ないよう休日にはのんびりなさって下さい。
 私もこの秋はゆったり過ごしています。例年なら夏の疲れを満載したまま秋ぐちの仕事に突入するのでいつもこの時期は急に仕事を休むことしばしば。今年はスタッフの進言を容れてよく休んでいます。
 齢とともに一日二日ではとれない疲れも三日休むと楽です。これで仕事の効率、周囲への印象が良くなればラッキーです。還暦まであと三年となった身のちょっとした路線変更です。これからはこの生臭さも残る身を覚えて70歳あたりで逝くことを願い歩もうと思います。
 あと13年、体力、気力を養って生きてゆく自分のための目標として大阪の現代演劇の人と場に僅かでも役立つ身でありたいものです。自ら「貧者の一灯」でありたい。
 昨年招天された西原明先生に最後にお逢いしてじっくりお話をさせていただいた折、「宗教も演劇も他者に点じる灯火なんだよ」と言っておられました。先生は牧師として自殺防止活動等をとおして努められたと思います。他者のために点じる火とはそう志す人の生き方そのものだと先生は私に教えて下さったのです。
 誰に頼まれたからでも、誰かのためにでもない。自分がそうしてみたいから「貧者の一灯」でありたい。我ながら気恥ずかしいけれど願いです。
 そのためには先ず適度に休んで心身の健康を保つこと、平凡ですがスーパーオヤジを目指さないことにつきそうです。
 末筆ながら皆様御身御大切に。ではまた。
                                        2010年10月1日

 酷暑お見舞い申し上げます。先ずは何より御身御大切になさって下さい。
 こんなに暑いと、私は読みかけた本はカバンの中、食事をつくるのも邪魔くさい。仕事も半ば義務感でこなすという有様。
 これではアカンとアイホールで芝居を見た後、伊丹市立美術館へアンドレ・ボーシャン展があるのを知って気分転換をめざしました。
 しばし現実の暑気と雑念を忘れ暖かく色彩豊かな絵の数々にフワフワしました。わけても花の絵ばかり飾られたコーナーで花酔いし色彩感と写実のようでいて現実の花とは異なった「ボーシャンの花たち」に心奪われ、あと一部屋分の展示を見忘れて出てしまいました。絵でラリった私。
 実際名のある芸術家の作品はジャンルを問わず、観る者、聴く者の心を奪うマジックを秘めていると思います。非日常体験としての芸術鑑賞の楽しさとコワさを改めてボーシャンの絵で実感しました。
 今、こんなことを書いていて、暑さにウンザリし、絵に酔い痴れ、他者と話し、いい加減に仕事している私です。こんな私が私であること。
 「それでええねん。」と言って下さった主治医の小杉好弘先生が13日に急逝されました。精神病者を閉鎖病床から開放病床へ、そして可能な限り囲い込まず社会を生きる者として治療していく社会実験としての病院づくりのこの国での先駆者のおひとりでした。
 先生と私のことについてはまたいつか書こうと思っています。今はただ感謝し、ご冥福をお祈りするばかりです。
 では、また。
                                        2010年8月29日


 7月4日。きょうは梅雨も中休み?洗濯ものが乾くといいな。独居オヤジは仕事が忙しいのを口実に掃除、料理、洗濯のうち掃除は月一回が関の山、齢とともにルーズになってます。ワレナガラムサイ。

 ところできょうはアメリカ合衆国の独立記念日。1776年独立だから今年は234回目の記念日です。私にとってアメリカ文化は結構大きなウェイトを占めています。アメリカに友人もいないし、行ったこともないけれど音楽、ファッション,映画、コカコーラ、アメリカタバコと思いつくだけでも日常生活でアメリカに依存しています。

 そもそも1953年日本でTV放送が始まった年に生まれた私は子供のころからアメリカTVドラマ,アニメを見て育ちました。「ディズニーランド」、「ローハイド」、「コンバット」、「逃亡者」、「ポパイ」、「トムとジェリー」、「スーパーマン」…挙げればキリがありません。1960年代のTVは平日も週末もプライムタイムはアメリカがあふれていました。

 1964年東京オリンピックでは次々とアメリカ人が金メダル、国歌「星条旗」の旋律はすっかり覚えました。ですから子供心に「アメリカは強くてカッコイイ」と思ったものでした。60年代なかばになってワルガキになった私と平行してアメリカもベトナム戦争が泥沼化、良い騎兵隊対悪いインディアン式のアメリカの正義も暗部がメディアに暴かれ、中学では組合系の先生方のオルグもあって「大国アメリカの暴力をゆるすな」って気になり、勉強しないてラヴアンドピースな私になっていました。カウンターカルチュアの洗礼を受けた訳です。そのころ憧れたのがボブ・ディラン、レナード・バーンスタイン、グレゴリー・ペックというハト派のアーティスト、この御三人は私にとって今でもヒーローです。ディズニーのアヒルと並んで!

 子供のころ憧れ思春期には反抗し、今もアメリカ合衆国のニュースには愛憎半ばって感じです。身内みたい?

 アメリカ映画をよく見るのですが、「アバター」ではなくシブいオヤジ&オバサン俳優の社会派ものか恋愛系。ここ3ヶ月間で「クレイジーハート」、「グリーンゾーン」、「ウディアレンの愛と犯罪」、「シェルター」、「マイレージマイライフ」、「ハートロッカー」、「50歳の恋愛白書」ついでに「裏窓」も見ました。洋画の大半が流行しないそうですが、こういう地味だけれど物語をしっかりと組み立て決してカッコ良くも軽くもないホロ苦さのある映画に共感します。だって生きるってことは苦いなかで夢をなくしそうになりながらもその夢をかすかな希望を少しずつ育てることにあるのだと私は思います。

 勝ち負けよりもチャレンジすること、粘ることこそ生きることなのだと私に教えてくれるのはアメリカの良心を伝える音楽や映画だったりします。

 2008年に公開された「フィクサー」のラストでグローバル企業との闘いにようやく一矢報いたモミ消し専科のグレーな弁護士がタクシーに乗ってこう言います。「この金(50ドル)で適当に流してくれ」吹き替えだと「50ドル分走ってくれ…ただ走ってくれ」行けるとこまでやってくれという感じの疲労感につつまれた達成感が今の私には身にしみます。
 ただしそれを言った俳優のジョージ・クルーニーと私とでは余りに天と地ですね!ではまたそのうち。お身体大切に。

 おマケ―私のおすすめアメリカについての映画Best5(08−09年作品)全てDVDあり。
「ブッシュ」O・ストーン監督 J・ブローリン主演
「チャーリー・ウィルソンズ・ウォー」M・ニコルズ監督 T・ハンクス&J・ロバーツ主演
「正義のゆくえ」W・クレイマー監督 H・フォード主演
「ノーカントリー」J&I・コーエン監督 T・L・ジョーンズ&J・バルデム主演
「キャピタリズム」M・ムーア監督&出演
                                      2010年7月4日

 初夏の爽やかなお天気になってきました。GWも過ぎ、皆様には仕事に稽古に遊びにとお忙しくおられることと拝察致します。まずはくれぐれもご自愛下さい。

 私は根っからのアナログなのでここでぷつぷつ言う回数も減っています。バーチャルワールドで自己表現するより、一度限りのしかも黄昏つつある年齢なので実人生でやってみた方が面白い気がしているからです。

 「むりやり堺筋演劇祭」もそのひとつ。お陰様でたくさんの劇場、劇団の方達に参加していただき半年間も続きます。
 大半の「演劇祭」、「音楽祭」と銘打った「祭」は数は長くて2ヶ月位でしょう。なぜ「むりやり堺筋線演劇祭」が半年かというと、この期間に上演される公演の数だけ多彩な芝居が上演されている事実から、元気な関西の芝居力を大いにアピールできると確信しているからです。―大きく出たな―。そして劇場も野外屋内を問わず個性豊かな場所がこれだけあることを知らしめたいと思うのです。更に言うなら「道頓堀五座」やOMS、近鉄の時代は歴史的ではあっても今生きてある場所ではない。いつ迄も過去の栄光だけを賞賛するのは心身ともに老いた者のノスタルジーに過ぎない。

 私がこの祭りで試みるのは、私達をとりまく先の読めない、そして厳しい状況を直視しながら嘆くだけ、郷愁に溺れるだけではなく、そうした思いとひとかけらの希望とがないまぜになった気持ちで今の関西の演劇人がその演劇力を時空に刻み込む姿を世に問う仕掛けとしての「祭」を創ることです。関西の演劇人は元気なのですから。

 この祭りを動かすために当事者である劇団、劇場の面々とともにジャーナリスト、デザイナーなどの暖かく心強いサポートが大きく働いています。有り難い限りです。

 ぷつぷつを読んで下さっている皆様もこの機会にぜひ今迄観たことのない劇団、劇場を巡って関西の芝居力の豊かさと刺激を体感していただければと願っています。

 ではまた近いうちに劇場でお逢いしましょう!

                                         2010年5月19日

 今年もあとわずか。ウイングフィールドを可愛がっていただき心より御礼申し上げます。
 今更、一年が速いのあっという間だのと嘆息しても遅い。一年が過ぎ、私達に与えられた生命も確かに減りつつあるのです。

 だから私は最近一年を365日で感じるのではなく、せいぜい半分の182.5日と覚えています。多くの演劇人にとって帰宅したら翌日という夜更かしがしばしばあるはず。私のようにそれから風呂だの、夜食だの映画(DVD )だのと私の時間を過ごしていたら寝るのは午前3時、4時…。
 目覚めるのが早出でない限り昼前。そんな人間本来のバイオリズムと逆に生きているので182.5日と覚えた方が楽です。全ては「定めなきこそいみじけれ」と吉田兼好師を真似て嘯く私です。

 さて、来年も大阪の小劇場状況は厳しいと思っています。
 もう「過去の良かった時代」のみにこだわるのではなく、今荒野を歩んでいる現実の上に立って、私達がどうありたいのかを想像し、そこに向かって歩んでゆくこと、その中で良い事も嫌な事も起こるでしょうが、それにひとつずつ向き合いつつより良い演劇状況を拓き続けたいものです。

 来年は私自身大阪のドナルドダックになり、ちょっとしたことで一喜一憂し、騒ぎ、皆様に笑われながら愛されるアヒル人間になろうと思います。

 皆様穏やかな年の瀬と新年をお迎え下さい。では、また。
                                   2009年12月29日

P.S. ドナルドダックDVD宝島社版880円で発売中。(1939年のデビューから42年ごろの短編22篇が観られます。)

 前回ここに書いたのは一年前。秋の月を眺めながら時の流れの速さに驚く。

 折にふれて何人かの方から「このごろぷつぷつ言いませんね。」とおたずねいただいている。有り難いことである。私の如きのたわごとを興がって下さる方達がいて下さることに感謝致します!

 この一年私が何をしていたかと自問して答えられるのは「仕事をしていました」としか言えない。言い訳めくが、それでも充実したそして心身ともハードな?時を過ごせたと言える。WF、母屋ビルそして昨年から約20年ぶりに復帰した地元商店会での役割−殆どパシリです−その他諸々……。私的な時間と言っても午前中と真夜中に音楽だの映画だの読書だのとゲイジュツもかなり味わえた。病気ともつきあっている。

 以前も書いたがお世話になっている小杉好弘先生に「あんたは人と会うのが仕事やな。」と言われハタと気がついたけれど仕事といっても私は何かを創るのではないし父のように壁をぬりあげて人が住めるようにするのでもない。ただ、他者と逢って話して仕事を頼んだり頼まれたりと人と交わっているのである。そして人と逢って話す中で喜んだり怒ったり悲しんだりと時々に変化する「あなたとわたし」に揺れているたまらん奴なのだ。とにかく他者との交わりが自己存在の証ということである。

 ミナミという人と人が出逢って成り立つ仕事だらけの街で生まれ育ち他を知らずにきた私である。飲食業も商店も風俗営業も演劇、音楽だって同じだと思う。この街にも私にも人々の欲望が発する嘘とマコトとがゴッタ煮になった臭いがしみついている。ナマナマしすぎるけどたまらんえー臭いでもある。私は経済だけを芸術、文化だけを語れる種族ではない。太閤下水からわいてきた妖かしのミズモノの類である。これからも妖しく棲息してやろうと思っている。

 ホンマミズモノですねん私、しっかり固まりまへん。熱うも冷とうもぬるーくもなります。壁ぬり屋だった父がよう言うてました。「あんたは死なんと固まらん子や」。父の遺影に「死んだら消えたるわい。固まらへんでえ」とまた悪態ついている今夜の私です。ディランの「オールドマン」をかけながら……。

 皆様くれぐれも御身御大切に。では、また。

P.S.ディランの2003年MSGライヴ(海賊版)では、ニール・ヤングの「オールドマン」の他「サムシング」や「ブラウンシュガー」!など他人の名曲もやってます。

                                     2009年10月4日

↓2008年のぷつぷつ

 10月29日(水)晴れたり曇ったり。皆様いかがお過ごしでしょうか?くれぐれもご自愛下さい。

 先週から私は恒例の秋風邪ひいています。ウイルスさんが私を好きなようで微熱が続いています。それでも独居オヤジは家事・喫煙にCD&DVD鑑賞、仕事と体に悪い事ばかり続けています。

 わが国もついに経済状態の悪化を認めたようです。もっとも大阪は増して中小零細業者はもうなれてしまっていますがね。何に頼るか?これが問題です。先週寝込んでいた折、映画『紳士は金髪がお好き』を再見しました。マリリン・モンロー&ジェーン・ラッセル競演のゴージャス、マーヴェラス&グラマラスでちょっと辛口な作品。これぞ「エンターテインメント!」と私は思います。
 
モンローが唄う「ダイアモンドは女性の最高の友、キスでお腹はふくれない」なんぞという資本主義万歳な歌詞に以前はムカついたけれど実は底にある老いや貧困への不安を知ると単純に否定できません。拝金主義と精神主義は表裏一体。何事も過ぎたるは及ばざるが如し、要はどこに自分の楽しみを見つけるかだと思います。ささやかであっても。この『紳士は〜』について外国の評論家が「これは資本主義版〈戦艦ポチョムキン〉である」と言ったとか、納得です。因みに両方ともワンコインDVDで観られます。『ポチョムキン』は少しカットが入ってますけど。

 先は見えず、厳しい生活も続きそうです。不動心とは無縁な私は自分の楽しみと不安に時として揺れながら自分のこうした至らぬ気持ちを味わいつつ「これが私だ」と心の中で呟きます。大好きなピーター・オトゥールの『ラ・マンチャの男』を見ながら「不可能を夢み無敵の敵に挑む。耐え難きを耐え勇者も行かぬ土地へ行く」などと見果てぬ夢に酔い痴れてみます。

 では、また。
                                  2008年10月29日


 野分吹く季節となりました。皆様にはいかがお過ごしでしょうか。先ずはご自愛の上お過ごし下さい。

 さて、今夏は私のウイングフィールド閉館宣言を巡って皆様に大変ご心配いただき、また幾つもの具体的存続へ向けてのご提案をいただき、改めてお詫びと御礼を申し上げます。

 私が、今回の閉館発言を受けての皆様のお心遣いから改めて痛感したのは、ウイングフィールド(WF)は私のそして民間の小屋でありながら、それ以上に公共空間であることです。演劇を通じて人と人が出会い、つながりを生み出す場としてのWFということです。

 WFは回転率こそ下降気味とはいえ、辛うじて回っています。何より上演される作品は概ねご好評をいただき、1ステージ100人前後の動員とはいえお客様も増えております。
 また、高校生からヴェテラン演劇人迄多士済々な年齢層、表現力を伴った演劇人やお客様が来て下さいます。

 では「何で閉館宣言したのか?」。これは8月25日に来て下さった方々にお話をしたのですが、若干私の説明不足があったようです。つまり、5、6Fを支えている土台1〜4Fのビル部分というべきか、あの土地と建物自体にかかる税、借金、公共料金、メインテナンス費用の負担が大きいのです。建築後21年となれば少々ガタも来ます。それを維持管理し、前述の費用負担が毎月100万円を軽く超えています。事実、近隣のミナミ名物・雑居ビルの中には、経費対収益を考え人知れず売却という建物も出はじめました。最近の経済動向を見る時、富裕層ほど資産防衛に目ざとく不動産や株式より安全な国債買いに出るし、ビル一軒のオーナー達も生活の追われて止むなく売却ということのようです。公共料金や諸物価の値上げはあっても個人営業での家賃値上げなど自殺行為です。

 とにかくWFを続けてゆきます。企画も試みてゆきます。その第一弾が精華小劇場さんの「プログラムディレクター演劇祭」とのウチの「The miracle seven」との連携です。
詳しくはこちらをご覧下さい。WFも他所様の小屋だって、官民問わず運営状況は甘くない。国全体が揺れているので当然です。
 
 そんな中で、やれることはやってみる。細部は粗くても「大阪の小屋は死にません」という気持ちをお客様や広く市民そして関西や全国の劇団へミナミの2つの小屋からのアクション、メッセージとして伝えたいと強く思います。
 あれこれ試みながら私は時間をかけてこの土地、建物を護ってゆく方策を練ってゆこうと思います。
 何卒宜しくお願い申し上げます。
                                      2008年9月末日

      ご報告

 朝夕涼しくなって参りました。皆様にはますますご清祥のこととお慶び申し上げます。
 いつもウイングフィールド(WF)の企画・運営につきまして格別のご理解・ご協力を賜わり厚く御礼申し上げます。
 さて、早速ながら先にWFを閉館する旨を公表致しました。その直後から皆様に「閉めるな!」というお声を頂きました。代表の私福本自身も厳しい経済状況と皆様のお声、加えて具体的な存続のためのご提案をあわせて存続させる方向で検討して参ることとし、昨日(8/25)の月曜倶楽部の席でも公表致しました。
 皆様のお声に心より感謝致しますとともに何よりご心配をお掛け致しましたことをお詫び申し上げます。
 先ずは取り急ぎ略儀ながら謹んでご報告申し上げます。
                         
                          ウイングフィールド
                                  福本年雄
                                  スタッフ一同

暑中お見舞い申し上げます
                             2008年盛夏
 皆様くれぐれも先ずご自愛の上ご活躍下さい。

 さて、ウイングフィールドを閉館に向けてゆくことを普段お世話になっている方達に直接またはDMなどでお伝えしました。
 「なんでやねん」「いつやめるねん」「私に何か協力できることはあるのか」「これからお前どうするねん」等々ご親切なお申し出や当然のおたずねをいただき嬉しくまた恐縮しております。
 ここで文字を用いてその理由や私の気持ちをお伝えするには限りがあります。ただ、私の経営者としての能力不足と申しておきます。
 つきましては、下記日時の月曜倶楽部でおいでいただける方々には直接私の言葉でその理由とまた関西の「小劇場」の人と場のネットワークへの私見をお話しさせていただきたく存じます。
 ご多用中とは存じますが、おいで下されば大変幸いに存じます。
 なお、ウイングフィールド閉館時期については2010年3月を考えております。因みにそれ迄は営業させていただきます。どうぞご利用下さいませ。
 
末筆ながら皆様のご健勝をお祈り申し上げます。


           記

異・同分野交流サロン「月曜倶楽部」
「現代演劇は衰弱に向かっているのか!?’08」 
Vol.5「ウイングフィールドをやめる訳」
8月25日(月)7:30
お誘い合わせの上ご参加下さい。

 先日、演劇ライターの柳井愛一さんが急逝された。柳井さんと私は、WFオープンと同時期に創刊された「じゃむち通信」のスタッフとして出逢って以来、よく飲みよく話した。演劇はもとより音楽、思想、宗教等の知識も広く、彼自身の見識にも傾聴すべきことが少なくなかった。実際彼の見識に比べたら私などヒヨコだった。それでいて彼は大言壮語して前面にシャシャリ出る人ではなく、後列から手を挙げ自分の意見を表明するタイプの人だった。

 このごろ大阪の街や演劇界に増殖中の外見を飾り自己正当化が巧く都合の悪いモノゴトには知らん顔、未知の人、モノを平気で排除するバカモノどもとは反対の、誠実な、そして地道にフィールドワークする人だった。酒好きでケッタイなもの新しいものに分けへだてなく興味を持ちその対称を分析し紹介するのに生き甲斐をもった人であった。

 「…だった。」と過去形でしか彼のことを書けなくなって、私は淋しい。ここ一、二年演劇界だけでなく私の知人友人が逝ってしまうことが多く、格別に長生きをしているとも思えないのにやはり人は時の流れの中で常ならぬ者と実感する。

 人の交わりも、それを生む場も一期一会。心して歩みたい。
                                       2008年6月25日

 近畿は梅雨入りしました。「もうすぐアジサイがきれいやろな。」などと思うきょうの私です。でもアジサイが枯れると何だかミイラみたいで少々気味が悪い。まことに「花のいのちは短くて」なのです。

 オッサンだって疲れがたまると枯れます。わが6畳間で大の字になってモーツァルトのKV.595を流していたら、背中から奈落に沈んでゆきそうになります。憧れのブルーグレイの世界。このまま曲につつまれ静かに消え入れたら……。

 むかしだったら酒に逃げるという方便もあったが、今はそれをしない生き方に改めてしまった。疲れきった私を味わうだけ。
 しんどいけど仕事に出かけて今夜は泥のように眠りましょう。そして目覚めたら明日はこう言おう。
 「どうせいつかどこかで死ぬ身。せいぜい生きるさ。」
 『ビンボー 最後の銭場』であります。              2008年6月2日

 いつもぷつぷつを観て下さり有難うございます。時々「見てます。」と言って下さる方がおられて嬉しいです。

 さて、今年のゴールデンウィークはどう過ごされましたか?私は映画にハマッていて『ヴァンテージ・ポイント』と『フィクサー』を観ました。あと黄昏時の千里南公園の私のビューポイントでクチバシの黄色い鳥さん(ムクドリ)相手に遊んでいました。

 パンをひときれ、ふたきれと投げたら素早くキャッチ!しかもニクイことに一切れ食べたら私に尾を向け、ややあって振り向き「もっとくれ。」という顔をする。「このパン90円やぞ。」と愚痴りながらもうひときれ。黄昏時の黄昏オヤジです。公園内はランニング、ジョギング、ウォーキングに犬の散歩など思い思いの休日している人々を多く見かけました。

 ぼーっと、鳥と遊んだ後の私は木々のざわめき、鳥の声を聞き、池をながめていました。「何かしなければ!」と休日も意識を働かせている方々には悪いけれど、「何かしなければ!」スイッチをオフにするのが私流です。

 一昨日は(5/12)は『アイムノットゼア』を観ました。ロッカー、詩人、家庭崩壊者等々私たちの知っているディランの像を6人の俳優が演じます。筋は入り組んでます。ディランの曲や発言、姿を知る程に面白い映画です。私が興味深かったのは、これってディランであってディランではないこと。どこかで聴いた、観た、読んだディランのエピソードが大半。だからこそ表面的で面白い。「その時々の姿でOKなんだ、生きていくのは。」と思ったものです。

 私もアイデンティティの確立は止めます。ディラン風にアイアンドデンティティなどとトボケてみます。「私はかくあるべし。」なんて不自由ですからね。ではまた。
 皆様先ずご自愛下さい。
                                      2008年5月14日

 今年の春が来ました。私は10年ほど前から身近な四季の花鳥風月を興がるようになった。とはいえ、本格的な野山歩きとか自然観察をするほどではない。仕事の行き帰り、また休みの日に近所の公園だのお庭だのをながめる程度である。

 ただ、今年の花は去年の花でも来年の花でもなく今年その日に私が目にした花だと思う。一期一会。人の命は強くも弱くもなく、単に去り行く者としての自覚がほんの少しずつ自らの内に宿ってくる。

 今年の桜は昨日(3/23)に精華小劇場のデッキの桜が一輪、二輪咲いているのをみつけた。お会いした演劇人と桜の下でお芝居のことなど話しながら。ここでは演劇の花の開花も楽しめる。この先も桜ともども愛でていたいものだ。

 わずか一輪の桜が私をドキッとさせる。秘すれども出ずる色香…。−うわー。エロオヤジの願望だ!−まことに桜は魔性を秘めているゆえに人を誘い、酔わせるのだと改めて感じた。「散る桜 残る桜も散る桜」と詠ませるほどに。

 何事もつねならず。それを心してなおも止まない気持ちを失わずありたいもの。

                                      2008年3月24日

ぷつぷつ言うのは一年ぶり。
先日古くからの友人と電話をしていたら先方から「時々お宅のサイトを覗いてます。ぷつぷつ長いこと止まってまんなあ。」と言ってもらった。小屋と私のことを興がって下さる人がいて嬉しい。
 昨年は、ますます貧乏神と仲良くなり、収入対支出の消耗戦に賭けたがよく負けた。給与が入っても「なくすといけないからすぐ使ってしまう〜(E・サティの言葉)〜」美風と生活費に奪われ貯まらない。

 皆様も気にかけておられるであろう「精華小劇場」を巡る問題は、市側から新しい具体的方針が出ず、「処分検討」ワクは外れていない。ただ、近隣の土地には、一坪ン千万円の声が出ている。相変わらずミナミの風と土には金の臭いが強烈である。私見では、南端は関空から北は梅田辺りに至る御堂筋を中心軸にした再開発の中でのあの場所が持つ価値を官、政財界、地元は知った上で動いていると思っている。あのブロックは土地単価が高価でも、それに見合う人とカネを動かし得る場所なのだ。いっそ、ホテルの上へカジノでも作れば“ワッハッハ”な気がする。
 
 だからこそあえて金と無エンな小劇場人種のマンパワーネットワークで楽しく抗ってみたい。言うまでもなく、私達自身の自主性、自立心、将来への展望を問うた上でだけれど。

 実に浮世の味はこってりしている。こってりコテコテな金と横柄な近ごろの大阪イメージに対抗して、濃い味を薄めるのは水。形がなく、どこへでも出入りし、それがなくては人は生きてゆけない水。熱湯にも酒にも氷にもなる水。そのスピリットをもって聡く、素直にありたいものだ。水都大阪の演劇人としては。         (2008年2月29日)

↓2007年のぷつぷつ

 年があらたまったと思ったらはや2月。でも正月にはゆっくりと休んで初詣はせず自分の趣味と掃除と忘れかけていた料理にも挑んでみた。「私の休日」だから。

 日常業務に戻ると否応なしの用件がある。「日常業務」は、平凡かつ面白くないものが少なくない。けれども経済的に豊かではない分スリルはある。税、公共料金、各種借金といった負債の波に抗い、プチコレクション状態の請求書をながめ「ようけあるなあー。」とボヤクとスタッフが笑ってくれる。

 本当にこんな私とともにウイングフィールドを走らせてくれるスタッフに感謝し、時には「お前らもアホかいな。」と言ってしまい、その上なおも「えーいこんなもの−。負けるものかぁ。」と鉄腕アトムの台詞をつぶやく。スタッフともどもWFはどこへ行く?オデュッセウスには故郷が、メイフラワー号には北米大陸があった。私達には…。字義通りのターミナル(終末点)しかないのか。否そうではない。「死」または「終り」というのはいつか訪れるのだが、そして生きることは夢中航海だとしても、自分にこれがある、関わるものがあると思い続けられる「今」があるとしたら必ずしも終りは無駄ではないだろう。私には、スタッフや関西の小劇場界を創る人がいる。単独航行しながらそうした人々の姿がある限り私達は進んでゆけると思う。場を巡る嫌なことがらにも向きあえる。それでいいと思っている。課題のない歩みはないはずだ。

 だから私はアホなりに芝居を、DVDの映画、CD、絵画を鑑賞し、読書し、体操し、をする。TVはニュースと天気予報が大半、新聞も2種類は拾い読みし、学び続ける。(わざわざ得意げに申すことでもないか…。)これらも全て人が発信源だ。つまりどこで何しようと、私が私であろうとすればするほど、どうしても他者に直接・間接交わる。たまに花鳥風月や熊吉と戯れる以外は…。

 やはり、人は石垣、人は城である。このことをこれからも伝えまた嫌という程味わいたいと思う。
お陰様で15年目を迎えることが出来ているWFがあるのも、私がいるのも演劇を創り観て下さる人の力が全てである。

 「芸術の真の尊さ美しさは成功することではなく、いつも絶えず試みることである。成功して名をなすよりもその態度にある。より深く探し求めて試みてゆくことこそ本当である。」(ヴィルヘルム・フルトヴェングラー)

 

2007年2月13日